ふし子姉さんの部屋

つつましく生きて92歳で亡くなったふし子姉さんの部屋

姉さんのいない日々 10月24日(木)~生協の名義が変わった

一郎

他の日記サイトに書いていたものです

読み直すことをせずに公開していたので

誤字脱字がたくさんありますが

訂正せずにそのままに転載します


昨日はなんだかんだで この日記を書く暇がなかった


暇はあるのだけど なんだか書けなかった


1万字日記も1昨日は1万字以上書けたのに


昨日は2500字にもならなかった


今思えば何してたんだかということになるが


何かしてたんだろうし してなくても書けなかったちうこと


一つの理由は さとちゃんちのコメントがわずか3件しかかけていない


10件をノルマにしているけど 3件しか書けなかった理由は笹ゆり


3件目に出てきた笹ゆりの画像と記述


これにコメントするのに時間かかった


まったく書けなかった 書けなかった時間に ほかの日記書けばよかったんだけど


そうしなかったんだね ほんとにそうすれば気分転換にもなっただろうね


その気分転換 方向変換がカッチカチ頭の私にはできなかった


笹ゆりのこと書かなくちゃ 先に進めないとね


まあそんなこともあってのこの日記


昨日書けなかったからまずは書いておこうと


先ほど生協の個宅がきた 木曜9時にやってきます


今日配達してもらったのはねえさん名義の注文


今日渡した注文は 私名義になっている


また一つ姉さんが消えた


来週月曜日には 神戸か親戚の人がお別れに来る


これでまた一つ 姉さんに関係する縁が消える


こうやってひとつひとつ 姉さんが消えていく


姉さんのいない日々は続く


でも姉さんとの数十年の思い出は消えない


私は物忘れがひどくなっているが


姉さんの思い出のすべては 忘れてしまうことはないだろう


忘れることが多くなっても 思い出の数がおすぎるから


折に触れ 書いて行こう


生協に関しての思い出は しきりと注文票とにらめっこ


注文がダブラないようにメモしてたり


私も姉さんに変わって注文してわかったが


ついついダブってしまう


姉さんも苦労しただろうと思った


そうやって何をするか何を注文するか


しきりと頭をひねっていた時期


まだまだ元気だった時期が思い出される


それ以前は 姉さんが書いたメモをもって


お店に買い出しに行ってた


昨日は残り野菜の整理でカレーにした


もうほとんど作る気にならない


姉さんがいたからせっせと料理した


作ったものを食べてもらえた


それが流動食になり 料理しなくなった


元々料理しなかった私が 曲がりなりにもクックパッドを参考に


料理するようになったが もともとは無精な人間


姉さんが居なくなって 元に戻った


何もしなくなった それでいいと思ってる


家賃の負担分もあるし せいぜい始末しなくちゃ


一日100円の小遣いが楽しみ


なんとなやってる


やらなくちゃね


10時半 次の作業したいので この辺で


それではまた ごきげんよう



2019年10月24日 木曜日 | 無名居士-Nameless layman